アルベルト・アインシュタイン


● 困難の中に、機会がある。

● 挫折を経験した事がない者は、
● 困難の中に、機会がある。

● 挫折を経験した事がない者は、
  何も新しい事に挑戦したことが無いということだ。

● 人生とは自転車のようなものだ。
  倒れないようにするには走らなければならない。

● 愚者と天才の違いといえば、
  天才には限度があるということだ。

● 私は、それほど賢くはありません。
  ただ、人より長く一つのことと付き合ってきただけなのです。









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質素を愛し、柔軟な感覚を持つ努力家

① 極端なほどの努力家

アインシュタインは、学校の成績はあまり良くなかったといわれることがあります。
それは、彼が幼いときから、自分が充分に納得するまで答えを出さない性格だった
ためです。そのため、凡庸な生徒と評価されがちで、とくに機械的な教育方針を
とる教師からは嫌われ、16歳ごろまではなかなか良い成績が得られなかったのです。
一方で、自分の得意分野の研究には極端なほど打ち込みました。そうした性格が、
彼を極端なほどの努力家にしました。「相対性理論」の完成後、風貌が変わるほどの
大病を患い、寝込んだほどです。そうして残した論文は300本にも及んでいます。


② 質素かつ柔軟な思考の持ち主

意外なことに、数字や記号を覚えることが苦手でした。
記者会見でその点を尋ねられたとき、「どうして本やノートに書いてあることを
憶えておく必要があるのですか?」と答えています。また「もっと服装に気を
つかっては?」と言われた際には、「肉を買ったとき、中身よりも包み紙の方が
立派では寂しいだろう」と回答。日本で講演したときには、「前もって原稿を
作っておくと思想が固定していけない。聴衆の顔を見て、その場で自由な心持ちで
講演したい」と言ったこともあります。また、「相対性理論とは何か?」
と聞かれたときは、「ある男の子が、きれいな女の子と1時間並んで座っていたと
すれば、その1時間は1分のように思えるでしょう。しかし、もし彼が熱い
ストーブのそばに1分間座っていたら、その1分間は1時間のように感じるでしょう。
これが相対性です」と説明しました。


③ 有名になってからも謙虚だった

ある少女が、近所に住むアインシュタインの家を何度か訪ね、数学の宿題を
教えてもらっていたそうです。相手は世界的な学者、それを知った母親が大慌てで
礼を述べに訪ねてくると、「私が彼女に教える以上のことを、私は彼女から
教わっているのです。礼には及びません」といいました。アメリカに滞在中の
湯川秀樹(日本人の物理学者)と面会したとき、「原爆で何の罪もない日本人を
傷つけてしまった。私を許してください」と激しく泣き出し、深々とお辞儀を
繰り返したという逸話があります。晩年、ユダヤ国家の建国運動も支援していた
ことから、イスラエルの初代大統領就任を求められたが、「私は単純過ぎて政治
には向かない」と辞退。生涯政治には参加せず、学者・研究者であり続けたのです。




                        (日経ビジネスより抜粋)

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